貧者の一灯 ブログ

信じれば真実・疑えば妄想

貧者の一灯・歴史への訪問

















ある日の事、三ちゃんは竹やぶへ竹を切りに行き
ました。


「どの竹を切ろうかな?」 三ちゃんがひとりごと
を言うと、後ろの方から、「・・・三ちゃん、・
・・三ちゃん」 と、小さな声も聞こえました。


「おや、だれだろう?」三ちゃんは、グルリとあ
たりを見回しました。しかし、誰もいません。  


ただ竹が、ザワザワとゆれるばかりです。


「なんだ、誰もいないじゃないか」三ちゃんが歩
き出すと、また、「三ちゃあん、三ちゃあん」 と、
さっきよりも大きな声が聞こえるのです。


「誰だい? さっきから呼んでるのは? どこに
かくれているんだ?」  


三ちゃんが言うと、すぐそばの竹が答えました。
「ここだよ、ここだよ。この竹の中だよ」


「この竹の中?」三ちゃんは、竹に耳をつけてみ
ました。すると竹の中から、はっきりと声が聞こ
えてきます。


「三ちゃん、お願いだよ。この竹を切っとくれ」  
そこで三ちゃんは、その竹を切り倒してみました。  


すると竹の中から、小さな小さな男の子が飛びだ
してきたのです。


「わぁーい、助かった。ありがとう!」  


その男の子は、三ちゃんの小指ぐらいの大きさ
です。


「お前は、何者だ?!」 「ぼくは、天の子ども
だよ」 小さな男の子は、ピョンと三ちゃんの手
のひらに飛び乗りました。


「ゆうべ、流れ星に乗って遊んでいたら、いじわ
るな竹がぼくを閉じこめてしまったんだ。でも三
ちゃんのおかげで、助かったよ。これでやっと、
天に帰れる」


「そうか、それはよかったね。でもどうして、ぼ
くの名まえを知ってるの?」


「天の子はね、世界中の事をみんな知っているん
だよ」 「ふーん、すごいね。それで、きみの名前
は?」


「ぼくの名前は、竹の子童子(たけのこどうじ)だ
よ」


「竹の子童子か。いくつ?」 「ぼくの年かい? 
まだ、たったの千二百三十四才だよ」


「うへぇ!」 三ちゃんがビックリすると、竹の
子童子はニコニコして言いました。


「助けてもらったお礼に、三ちゃんの願いをかな
えてあげるよ」


「ほんとうかい?」 「ほんとうさ。天の子は、
うそをつかないんだ。それで、何が願いだい?」  


三ちゃんは、しばらく考えてから答えました。


「ぼくを、お侍にしておくれ。強いお侍になって
武者修行(むしゃしゅぎょう)にいきたい」


「よし、じゃ、目をつぶって」三ちゃんが目をつ
ぶると、竹の子童子が大きな声で言いました。


「竹の子、竹の子、三ちゃんをお侍にしておくれ。
・・・ほら三ちゃん、お侍になったよ」  


三ちゃんが目を開けると、そこはにぎやかな京の
都で、三ちゃんはいつの間にか立派なお侍になっ
ていました。


「わあ、ほんとうにお侍だ! 


竹の子童子、ありがとう」 三ちゃんが手のひら
を見ると、竹の子童子はいなくなっていました。
・・・









史上最年少17歳でノーベル平和賞受賞したマララ
・ユスフザイさんのメッセージです。


史上最年少17歳で、2014年ノーベル平和賞受賞
したマララ・ユスフザイさんは、パキスタンの
人権運動家。


当時、パキスタンでイスラム武装勢力タリバンに
銃撃されながらも女性の教育権を訴え続けている
高校生でした。


タリバンは、女性が笑い声を上げること、白い靴
をはくことさえも禁じています。


ましてや女性が教育を受けるのは、悪魔的な行為
だと弾圧します。


そのため、パキスタンでは200校もの学校が破壊
されたり、脅しを受けて閉鎖に追い込まれてき
ました。


マララさんの父親が経営し、彼女が通っていた
女子校もそうでした。


マララさんは11歳の時から、パキスタンのラジオ
やテレビで、タリバンの考えは間違っている、と
主張していたのです。


また、BBC(英国放送協会)ウェブサイトに
「パキスタン人女子生徒の日記」という ブログ
を開設し、タリバン支配下での日常を細かく語り、
女性が教育を受ける権利を世界中に訴えていま
した。


なぜ人間の基本的な権利を奪おうとするのか。


私たちからペンや教科書を取りあげても、考える
力を奪うことはできないと。 この勇気ある活動
により、マララさんは14歳で国際子ども平和賞を
受賞し、パキスタンで、最初の国民平和賞も受賞
しました。


そのため武装勢力タリバンはマララさんを暗殺す
る声明しました。


イスラムに反する考えを民衆に広めようとしてい
るのが理由でした。 暗殺の標的となったのです。


2012年10月、下校中のスクールバスにテロリスト
二人が乗り込み、マララさんは左目のわきと首を
銃撃されました。


隣席の級友二人も撃たれましたが、幸いマララ
さんたちは奇跡的に一命をとりとめます。



※… 私の体は撃てても・・・


回復後、マララさんは活動を再び始めました。
「私の体は撃てても、私の夢は撃てない」と。


2013年7月12日の16歳の誕生日にマララさんは
ニューヨークの国連本部でスピーチを行いまし
た。


「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、何百万もの人が
貧困、不正、無知に苦しんでいることを忘れて
はなりません。


何百万もの子どもたちが学校に通えていない現実
を忘れてはなりません。


私たちの兄弟姉妹が、明るく平和な未来を待ち
望んでいることを 忘れてはならないのです。


ですから、本とペンを手に取り、全世界の無学、
貧困、テロに立ち向かいましょう。 それこそ私
たちにとって最も強力な武器だからです。


1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本
のペンが、 世界を変えられるのです。


教育以外に解決策はありません。


教育こそ最優先です。」 マララ・ユスフザイ
さんの国連本部でのスピーチの一部 です。


2014年ノーベル平和賞受賞の知らせを受けて、
マララさんは、会見でこう語りました。


「平和賞は私だけに授与されるものではなく、
声を挙げられない全ての 子供たちのものです。
私はこうした子供たちのために訴え、共に闘
います」


「受賞は終わりでなく、本当の始まりです。


私は全ての子供たちが学校へ通う姿を見たいの
です。学校へ通えない子どもたちがまだ5700万
人います」


子供の教育の権利を訴えるマララさんの信念と
勇気ある行動が評価され、 本当に良かったです。


多くの人の共感を呼び、世界が変わっていくこと
を望んでいます。。・・・







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