貧者の一灯 ブログ

信じれば真実・疑えば妄想

貧者の一灯・番外編

















※…
2021年、総務省が発表した統計では、65歳以上
の高齢者人口は、3640万人と過去最多で、総人
口に占める割合は29.1%になりました。


さらに、男女別にみると、男性が1583万人、
女性が2057万人と女性が男性より474万人
多くなっています。


91歳になる作家・曽野綾子さんが綴るエッセイ
には心が励まされるような言葉が並び、一人で
過ごすシニア女性が前向きに生活するための
ヒントが盛り込まれています。


そんな曽野さんが、夫の死をきっかけに飼い
始めた猫との暮らし。そこには思いがけない
良さがあったそうです。



※…曽野綾子
与えねばならない仕事があることは幸せなこと」


夫が亡くなって4ヵ月ほど経った時、私は雄の
仔猫を飼うことになった。すでに体の大きさは
一人前に近いが、まだしぐさに子供らしさが残る。


淋しいからペットを飼ったのではなく、夫がヘソ
クリとして引き出しの中に隠していたお金を見つ
けて、そのお金で直助という雄猫を買ったのである。


私は、夫と喋る時間に一人になったわけだが、
その時間をかなり上手に使っているつもりだった。


本を読み、手紙を書き、テレビにおもしろい番組
があるとそれを見る。友人との長電話は自分に
禁じてしまった。


猫を飼う予定など全くなかったが、田舎の量販店
の檻の中にいた真ん丸い目に惹かれて連れてきた。


20年ほど前に一度飼ったことがあって、犬は無理
だが猫なら同居できることを知っていた。


20年の間に餌はキャットフードだけになっていた。
猫は昼も夜も、自分がいたい場所で過ごす。


私はバスケットに小さな布団を敷いて、窓際に
置いたが、そこはあまり好きではないらしく、夜も
私の寝室の床の上で寝て、時には私の布団の
上で夜を過ごす。


雪と名づけた白い長毛の雌の子 私の実母が生き
ていた頃、母は私がペットを布団に入れることなど
決して許さなかった。


汚れや、もしかすると虫をうつされることになるか
もしれないし、そんなだらしのない暮らしをしては
いけない、と言うのである。


しかし母も夫も亡くなった今、私は監督される人も
いないから、思うままに暮らすことにした。


生まれてこの方味わったことのない自由の境地
である。


猫を抱いたまま、「2人」で眠ってしまうこともある。
直助の後に、雪と名づけた白い長毛の雌の子
を買ったが、彼女も夜、私の耳に自分の頭を
おしつけて眠る。


その刺激で、私の耳、後頭部、首にまで痒い
ぶつぶつができてしまった。


※…仕事があるということは幸せなこと


私の知人の男性に、数百体の動物の縫いぐるみ
を持っている人がいる。年に一度、ドライシャンプ
ーをするのだそうだ。


縫いぐるみにすれば、多分湿疹はおきないの
だろうと思うが、私は猫の温かさを抱いて寝ている。


猫も私の寝巻の袖の一部を自分のお母さんだ
と思っているらしく、しゃぶって涎(よだれ)だらけ
にする。


「汚いなあ、涎はダメよ」 と私は、その度に言う。
しかしそれが生きている仔猫の証拠だ。


一人暮らしにはペットは大切だと思うようになった。


私は最近体力がなくなって、一人でいると朝いつ
までも寝床にいたいと思うこともある。


しかし猫のためにどうしても起き上がって、ご飯を
やり、飲み水を取り換え、ウンチ箱をきれいにし
なければならない。


与えねばならない仕事があるということは幸せ
なことだ。


それがないと「自分がしてもらう」だけの立場に
なり、運動能力、配慮、身の処し方、すべてが
衰えてくるだろう。…













※…
ある朝、教室へ向かう途中で、クラスの男子生徒
とすれちがいました。


何かを制服の中に入れ、私の声にも気づかない
のか、小走りで教室に向かっていました。


教室へ入ると、どこからか子猫の泣き声がする
のです。


教室を見渡す私と目が合ったのは先ほどの
生徒でした。


突然その生徒は立ち上がり、 「先生、学校へ
来る途中の道端でこんなに痩せている子猫が
箱に入れられ、捨てられていたんだ。


過ぎ去ろうと思ったけど、この猫が俺のほうを見
て泣いているから、学校へつれてきちゃった。


さっき、何かを食べさせようと探しに行っていた
んだ」 というのです。


すでに何人かの生徒も子猫のことを知って
いました。


「勉強に関係ないから、もとの場所にもどして
きなさい」 「子猫が教室にいたら、勉強できな
いだろう。他の場所においてきなさい」 とは
言えませんでした。


彼にどんな言葉を返してよいか迷っていました。


その沈黙の時間、クラスの生徒はじっと私を見て、
私の言葉を待っているように感じました。


子猫のよわよわしい小さな声が聞こえたとき、
「子猫にはかわいそうだけど、授業中は教室
の後ろで、授業の終わるのを待ってもらおう。


休み時間は、大切に抱いてあげよう」 と言葉
が出ていました。


生徒の顔がニコニコしているのがわかりました。


生徒は普段以上に授業に集中している感じ
がしました。


休み時間になると、 ある生徒は器をもらいに、
ある生徒は職員室に牛乳をもらい動き出して
いました。


みんなが子猫の周りに集まり、早く元気になっ
てほしいと牛乳を子猫に与えようとしました。


しかし、子猫はなかなか飲もうとしません。


そのとき一人の生徒が自分のハンカチを取り
出し、そのハンカチに牛乳を染み込ませ、
子猫の口に持っていくのです。


よわよわしい子猫もやっと牛乳を舐めるよう
にして、飲み始めました。生徒から歓声が
あがりました。


※…誰もいない教室、


午後の授業が始まりました。教室に近づくと、
教室内はシーンとしているのです。


そしてドアを開けると、教室には誰もいないの
です。私が教室を間違えたのかと時間割を
確認しましたが、間違いなくこのクラスの授業
です。


生徒の机の上には授業の準備ができていま
した。でも、生徒も子猫もいないのです。


しばらく教室で待ちました。数分後、みんな
目を真っ赤にして泣きながら教室にもどって
きました。


「先生、授業遅れてごめんなさい。」 と言い
ながら席につきました。


察しはつきました。しばらく沈黙が続きました。


ぽつりぽつりと声が聞こえました。 「僕たちで
あそこにお墓を作ったけどいいよね」


「何で死んじゃったのかな」
「俺たちでは助けられなかったのか」


「かわいそうだよ、捨てられて、死んじゃう
なんて」 そんな言葉が聞こえると、多くの
生徒は声を出して泣きだしました。


私は何も言葉をかけることができませんでした。


生徒たちは子猫の死から命の大切さと命の
重みを感じ、同時に、子猫の命を救えなかっ
た自分たちの力のなさに悔しく思っている
のです。


いじらしいほどの生徒たちです。 (子は宝です)


author: 神奈川県の元・中学校校長で、
やまびこ会(全国教育交流会)代表の
中野敏治さんのお話…








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