貧者の一灯 ブログ

信じれば真実・疑えば妄想

貧者の一灯・漢の韓信シリーズ

















第二章:呉の興隆  楚王逃亡



「では、早速ではございますが……このたび
ここにいる奮揚と呉軍撃退のための作戦を
練りましたので、御認可を得たいと思います。
よろしいでしょうか」


「どんな作戦ですか。私には詳しくはわかり
ませんが、いたずらに対立を深めるような
ものでしたら、拒否したいと思います。


ですが、もしそれがここに住む人々の生活
を守るためだとしたら、認めたいと思います」


すでに嬴喜は包胥の唱える「道」に感化され
ているようであった。奮揚は、そのことをわき
まえながら説明を始めた。


「呉軍は我が楚の国境付近に断続的に出没し、
我々はその度に軍を出動させなければなら
ない事態となっております。


いつどこに現れるかもしれない呉軍に備える
には国境線に沿って兵を並べるしかありま
せんが、それではこの郢の守りが薄くなって
しまいます。


もし国境の防衛線を突破されると、そこから
一気に突入される恐れがあるのです」


「はい」  奮揚の説明に、嬴喜はあまりはっきり
とした反応を示さなかった。彼女は、基本的に
軍事を考えることを好まなかったようである。


「この状況をいち早く打開し、なおかつ最悪
の想定を回避するために、我々の側から呉に
攻撃を加えたいと思います。


そこで呉軍にある程度の痛手を与えることが
できれば、我々は政治的にも主導権を得る
ことができます。


無益な政争や戦争に民衆を巻き込むことも
無くなりましょう」


「成功すれば、の話ですね。失敗したら、
どうなるのです」  


軍事に詳しくない者が、話だけを聞くと当然
抱くであろう疑問である。


それだけに、この嬴喜の質問は実に核心を
突いている。奮揚は束の間、返答に窮した。


「……失敗すれば、我が国は領土を失い、
そこを拠点とされて国都を攻撃されましょう。


これまで国境近辺に限定されていた戦いが、
中央にまで及ぶ可能性は、事実としてあります」


「それで、成功の可能性はどのくらいある
のです?」 嬴喜には奮揚を問いつめる
意識は無いようだったが、質問には遠慮
がない。奮揚はまたも返答に窮してしまった。


「成功の確率は、五分五分というところです」  
奮揚に代わり、包胥が返答した。


やはり奮揚は、嬴喜の扱いを包胥に任せる
ことにした。


「五分五分の確率で、わざわざ呉の領地に
攻め込む必要があるのかしら。でもあなた様
がそう言うのでしたら、確たる理由がある
のでしょう。


それで誰がその軍を指揮するのです? 
まさか、あなた様がそれを行なうというの
ではないでしょう?」


「ご安心ください。今回私と奮揚は、ここ郢
の防衛に回ります。


呉への侵攻は……そうですな、公子嚢瓦
のうがどのにでもお願いしようかと思って
います」


「嚢瓦……令尹れいいんの、ですね。なぜ
あの方に……」  


包胥は嬴喜のその質問に答え始めた。
その返答は長く、内容も驚くべきもの
であった。


「嚢瓦は字を子常しじょうといい、かつて
令尹であった公子貞の孫にあたる人物です。


その先祖の威光で現在も令尹の座につい
ているわけですが、前歴は輝かしいもの
とは言えません。


かつて彼は費無忌の意を受けて、大夫郤宛
げきえんを殺害しました。


郤宛は正直者で、そのため人心を得ていた
人物でしたので、彼の死は当時の国民に
大きな衝撃を与えました。


また、このとき彼の甥にあたる伯嚭はくひが
逃れて呉に亡命するという事件も発生した
のです。


その伯嚭が、一説によると呉軍の将としてこの
楚を攻撃しているとのこと……」


「ちょっと待って、お兄さま」 紅花が話に割って
入った。突然のことで、礼儀を失する行為で
あったが、それを咎める者は、この中には
いない。


「どこかで似た話を聞いたような……」
「まったくだ。費無忌は伍子胥ばかりでなく、
同じ方法で伯嚭を呉に追いやっている。


その実行役が、嚢瓦だというわけだ。いまや
伍子胥と伯嚭は呉の将軍として楚を窮地に
追い込もうとしており、楚の国民はそれを察
して恐々とおののいている。


情報に通じている者は、すべての責が費無忌
にあることをすでに察しているのだ」 


かつて費無忌によって楚に連れてこられた
嬴喜にとって、無関係な話ではない。


彼女は、心配そうに包胥の顔を覗き込んだ。
「それで、どうしようというのです?」


包胥は宣言するように言った。「費無忌と
嚢瓦には、罰を受けてもらいます。


嚢瓦は宰相として費無忌を誅殺する。そして
嚢瓦には、戦場で苦労してもらいましょう。


あるいは死が彼を待っているかもしれません
が、そこで生き残るかどうかは、彼の才幹
次第です」


「そのような者に国の命運を賭けてもよい
ものでしょうか」  


嬴喜の問いに包胥は首を振って答えた。
「国の命運など、たいしたものではござい
ません。大事なものは人の命であり、尊厳
ですぞ。


言い換えれば、それらとひきかえに国の命運
を差し出してもいっこうに構わないと私は
考えます。


なぜなら、人が無ければ国は成り立たない
からです」


「それをまた言い換えれば、人の命さえあれば、
国は存続するということですか」


「おっしゃる通り」 包胥はこのとき微笑し、
嬴喜もそれに応じた。



片腕の費無忌は刑場に連行され、首を刎ね
られようとしていた。


「申し開きは許さぬ」 嚢瓦はそう言って費無忌
の口を塞ぐよう周囲の者に命じた。


費無忌の口から郤宛殺害の実行役が自分
であることを、漏れることが無いように…


すでに知っている者も多いが、改めて広める
必要はまったくない。ただ、自分の立場を悪く
するだけであった。


「構わぬ。やれ」  口を塞がれてもがく費無忌
の首に、剣が当てられた。それが振るわれた
瞬間も、彼がなにを言ったか、定かではなかった。  


嚢瓦は費無忌の存在とともに、過去を抹殺
したつもりでいた。 そして嚢瓦は令尹の任
にありながら、将軍職を授かることになる。


一見これは名誉なことであった。彼はこのこと
を佞臣費無忌を誅したことに対する褒美だと
受け止めたのである。 


図に乗った嚢瓦は、軍を引き連れて周辺国
の唐や蔡に駐屯すると、安全を保障すると
いって賄まいないを要求した。


しかしそれらの情報は、呉の間諜によって
すべて筒抜けとなっていたのである。


かくて嚢瓦は呉を攻めたが、伍子胥によって
その進軍を阻止されるに至る。


呉・楚両軍は豫章よしょうで遭遇し、会戦と
なった。その結果、楚軍はおおいに敗れ、
撤兵を余儀なくされた。


呉は間諜から得られた情報をもとに、楚軍を
待ち受けていたのである。  


これによって、楚は東の領地である居巣
きょそうを失うこととなった。…












大部屋はやはりそれなりにストレスだった。


「私、窓際がよかったのに!」と騒いだBさんだが、
部屋に来たその夜、10時に消灯したのに、テレビ
をつけていた。


いや、テレビを見るのはいいけど、音がダダ
洩れだ。なぜイヤホンをつけない?


私は早々に寝たかったので、ちょっとイラ
ついた。翌日も同じことをしたら、看護師さん
に言おうと考えていたが、消灯後のテレビは
この日だけだった。


何をそんなに話すことあるのか


AさんもBさんも、しょっちゅう電話をかけたり
かかってきたりで、病室には着信音が大音響
で鳴り響く。


そして大声でしゃべるから、内容が丸聞こえだ。
個人情報もへったくれもない。住んでるところも
だいたいわかる。


ICUから一般病棟に入る際に、「個室は電話
での会話はOKだけど、大部屋では控えて
ください」と言われたし、


そう書いてある紙も廊下に貼ってあったのを
見たが、ふたりとも完全無視だ。


というか、常識として、公共の空間では着信音
て切るもんだし、もし会話をするにしても、小声
でひそひそ、なるべく早めに終わらすものじゃ
ないのか。


もしも長話したければ、外に出たらお茶など
をできる公共スペースがある。


しかしおかまいなしに、一日に何度も電話しま
くるし、Aさんのほうはかかってくる回数も多い。


病院に差し入れしてくれるもの、愚痴、自分が
留守の間の頼み事あれこれを、一日に何度も
娘と話している。


私などは、「そんなんメールでええんちゃあうん?」
と思ってしまうのだが、AさんもBさんも、メールが
できないのか、めんどくさいのか、すべて電話で
伝達している。


そして着信音が、大きい。声もでかい。


私は入院中はスマホの音はすべて切っていたが、
なぜ彼女たちはそれをしないのか。


そうか、家電感覚かふと、気がついた。
落語会やお芝居、講演会、映画を観に行くと、
事前に「携帯電話、スマホの電源をお切り
ください」とアナウンスがあっても、演者が
事前に伝えても、いざはじまってから鳴らす
人というのは、よくいる。


それで他の観客も、演者もイラッとするし、
その場が台無しになってしまう。SNSでも、
この「携帯、スマホの音を鳴らす観客への
苦言」は、よく話題になる。


でも、絶対にいる。


AさんやBさん(うちのオカンと同世代、おそらく
70代)、それ以上の年代の人たちは、そもそも
「音を鳴らさない」という発想がないのか、


何度注意を受けても気にしないのか、あるいは
音を切ってバイブレーション機能にするやり方を
知らないのか、バイブ機能だと着信に気づか
ないのか。


耳が遠いのかもしれないし、もしかしたら
「電話は大きな音で鳴らすもの」という
固定観念が抜けないのかもしれない。


かつて携帯電話なんて存在しない時代、
固定電話は、家じゅうに聴こえるように音は
大きかった。


私などは、つい「他人の目」が気になってしまう
けれど、この人たちにしたら、電話の着信音が
大きいのは当たり前だから、他人に迷惑をかけ
る発想もないのかも。


感覚が、違うのだ。


バスや電車の公共交通機関でも、お年寄りの
電話が大きく鳴り、その場で話し始めるという
のもよく見る光景だが、


「着信を見て、あとでかけなおす」という発想が
そもそもないんじゃないか。


彼ら彼女らにとって、スマホも携帯も、「昭和の
自宅の電話機」と同じなのかもしれない。


夫といると病状が悪化する


それにしても、ふたりとも娘に頼み事をしまくっ
ているが、そこには「男」の気配がない。


どうやらAさんは娘がふたりいて、夫もいるようだ。
娘はひとりは結婚していて、ひとりは独身。


Bさんはひとり暮らしと言っているので、夫は
いないが、やはり娘がいて結婚している。


ふたりとも娘に頼み事をしまくっているが、
これが娘不在で、息子なら、どうするのだろう。
「息子の妻」つまり「嫁」にあれこれ頼むのか。


そしてAさんは、主治医に「退院して自宅に
帰ったら、主人とふたりなんですけど、負担
にしかならないんです。


何もできないし、してくれないし、すべて私が
しないといけないから、病状が悪化します」と、
早期退院できないと訴えている。


娘にも「あの人はお荷物にしかならない。
何もしないどころか邪魔だ」と言っていた。
ここまでぞんざいに「お荷物」扱いされる夫の
顔が見てみたい。


Aさんは入院中、夫らしき人と会話している
様子は皆無だった。すべて電話の相手は娘だ。


娘や医者相手に、いかに自分の夫が役に
立たないか、邪魔であるかを何度も訴え、
結局、退院後は独身の娘の家でしばらく
世話になると言っていた。


一緒にいると病状が悪化するとまで言われて
しまうAさんの夫が気の毒……にはならない。


「男子厨房に立たず」「家事は女の仕事」
「男が女を養い、女は男の身の回りの世話
をする」という価値観が、


仕事を引退したあとで、家のことも自分のこと
も何もできない、妻や娘にも「役立たずの
邪魔物、荷物」扱いされる男を大量に生み
出してしまったのだというのを痛感した。……








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