貧者の一灯・一考編




体力には自信があったのに
産経新聞の運動部長に就任したのは、48歳
の時です。
私は部長としては厳しいタイプで、記事にも
独自色を出そう、スクープを狙おうと考える
性格。酒も盛大に飲むし、煙草もかなりの量
を吸う。まぁ、典型的な”ブンヤ”です。
ビッグイベントを取材して記事を書く。しかし
人生を謳歌していた彼を突然、病が襲う…
※…
埼玉県の郊外にある、障害者療護施設で、
川越一さん(53歳)は、車椅子に座り、堅く
握られた左手を開こうと、右手で左手の指を
一本一本、根気よく動かしている。
左半身不随。それが川越さんの現状だ。
彼が倒れたのは、運動部長になって4ヵ月後。
くも膜下出血だった。
「実は、倒れる半年ぐらい前から、吐き気を
伴う強烈な頭痛にたびたび襲われていました。
肩の痛みもありました。 自宅近くの病院でMRI
を受けたところ、『ストレートネック(うつむき姿勢
過多などから起こる首の変形)ですね。血栓の
兆候もあります』と言われました。
ただ、その時出して貰ったロキソニンテープ
を首に貼ると症状が緩和された。とてもよく効く
し、まぁ大丈夫だろうと思って、飲酒も仕事も
そのまま続けました」
※…生きていることが奇跡
だが、川越さんの症状は本人の想像以上に
深刻だった。「正直言って、彼が今生きている
のは奇跡に近いです」と、担当医だった埼玉
医科大学総合医療センターの吉田信介医師
は語る。
「重度のくも膜下出血で、内頸動脈の前壁が
膨れていた。血管が裂けて普通のクリッピング
手術ができない状態です。
手術をしても生存確率は1%ぐらい。
当病院には毎年100人近くのくも膜下出血患者
が来院しますが、川越さんと同じ症状は年に
一件あるかないか。そして同じ症状のケースで
10人中9人は助からないでしょう。
幸い、運びこまれて2日目に足がわずかに動き、
瞳の反射が失われていないことから、昏睡状態
でも脳幹と大脳が生きていると判断し、手術に
踏み切りました」
手の血管を採取して、首と頭の血管に縫い合
わせるハイフローバイパスという手術で、オペ
は10時間に及んだ。
それから1ヵ月後、まさに九死に一生を得て、
川越さんは意識を取り戻す。
しかし、彼の本当の苦難は、ここからだった。
「自分の中では、歩けた記憶があるんです。
術後にリハビリ入院していた時、一時帰宅を
してバイクで病院に行った記憶もある。
私はそう記憶しているんですが、親に確認し
たら、それは思い込みだ、と言われてしまい
ました。心の奥底の願望なのかもしれません」
くも膜下出血患者によく見られる「高次脳機
能障害」が出たのだ。記憶障害などの症状
である。今も日常の出来事を忘れがちだ
という。
※…いつのまにか離婚していた '
18年の11月末、埼玉医科大学からリハビリの
ための病院に転院。もどかしさを感じながらも、
「いつか身体は動く」と思っていた川越さんは、
見舞いに訪れた知人から自身が運動部長を
更迭された、と教えられショックを受けた。
それから程なくして彼は産経新聞社を退職
する。自らの意思ではなかったという。
「実は、退職日の日付も知りません。”元”妻
が早期退職の手続きをしました。
おそらく会社からの打診で彼女が決めたんだ
と思います。
元と言ったのは、倒れた後に離婚したからです。
離婚の日付も知りません。
時期は覚えていませんが、訳もわからないまま、
いろいろな書類に判を押したことがありました。
離婚の原因は浮気です。私は仕事第一で
家にあまり帰らなかったし、正直言って盛大
に遊びもしました。
倒れた後、妻が私のスマホやパソコン履歴を
全部見て、過去の女性遍歴がばれたのです」

「パパには埼玉にいてほしい」
秋田に住む、川越さんの母親が明かす。
「息子が倒れた日、有希枝さん(仮名・川越さん
の元妻)から連絡がありました。
手術もできないほど悪い状態だと言って、その
後は二人の娘と一緒に泣きっぱなしでした。
有希枝さんはとてもいいお嫁さんで、息子が
倒れた後は毎日病院に行ってくれて、私に
まめに報告もしてくれました。
会社の偉い方が、わざわざ秋田まで来てくれ
たこともあったんです。
ですが、しばらくして彼女から『離婚しますので、
(川越さんを)秋田に連れて行ってくれませんか』
と言われたんです。
施設を探したんですが、空きがなく困り果てて
いたところ、また連絡があり、娘たちが『パパに
は埼玉にいてほしい』と泣いて有希枝さんに
頼んだと。
それで秋田に引き取る話はなくなりました」
※…
その後、川越さんは介護老人医療施設に移
され、障害者認定の検査を受けた。結果は
「障害等級第一級」。
それは常時介護が必要な、最も重い障害を
持つことを意味する。
そして昨年6月、3回目の転院で、川越さんは
現在入居している障害者療護施設に入った。
ここで初めて、社会から切り離された感覚を
味わうことになる。
※…心の交流がない環境
これまでいた病院や施設では、入居する患者
同士で話すことがあった。
リハビリの辛さ、病への不安、出される食事へ
の愚痴……他愛ない内容であっても、心の交
流があり、時には刺激を受けた。
「ですが、ここでは入居者とのコミュニケーション
が成立しません。入居者はほとんどが知的障
害者なので、自分の思いを話し合いたくても
満足にはできない。
人間にとって、会話というものがいかに大事な
のかを痛感しました。職員の人達も、何か事故
が起こることを怖れてマニュアル以外のことは
しない。
ここでは他人から刺激を受けることはでき
ないんです」 数々のトップアスリートに切り
込むのが日常だった川越さんにとって、
深い会話が成り立たないことは辛いのだろう。
「どの施設も決めたのはすべて元妻です。
何もかも彼女主導で、自分の意思は何も入
っていません。退職金や生活費がどうなって
いるのかも私には何もわかりません。
”こういう状況まで改善したら、ここを出られる
”という目処でもあれば、リハビリの励みにも
なりますが、それもわからない。
もう元妻は、携帯電話に電話をしても、出て
もくれないんです」
※…朝、目覚めた時が一番辛い
現在の容態は良くも悪くも安定している。リハ
ビリは週に1度、30分ほど行われるだけだという。
「体力的な辛さは耐えられるから、もっときつく
リハビリをしてほしいとお願いしていますが、
実現していません。
夜中に睡眠導入剤をもらって寝ていますが、
眠りは浅く、早朝には起きてしまう。
目覚めた時が一番辛いです。夢の中で、自分
が歩いている夢を見ているのに、現実に引き
戻されてしまうから。
母から顛末を聞いたせいでしょう。元妻に捨て
られて、故郷に移るため秋田新幹線に乗る…
…という夢を何度も見ます。
娘がホームで『パパ行かないで!』と、走りだし
た電車を追いかける夢です」
こう話すと、川越さんは落涙した。
二人の娘が結婚する時、バージンロードを一緒
に歩くことができるなら、どんなことでもしたい。
「再発への恐怖もあります。時折、トイレで力み
すぎたりすると頭が痛くなることがあって、その
時はぞっとします。
死んだほうが楽だと思ったこともある。でも、娘
のためにも心を強く持たないといけない、と自分
に言い聞かせています。
やっぱり、最後は家族のもとに帰って一緒に
暮らしたい……」
社会の第一線で肩で風切り、バリバリ働いて
いた。スクープを飛ばし、遊びの味も存分に
堪能した。
それがほんの一瞬で、どん底までたたき落と
された。そんな残酷な運命が待っていないと
言い切れる人が、どれほどいるだろうか。
今、たった一人で奮闘する川越さんに奇跡が
訪れることを祈りたい。 …
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多重人格障害というものをご存じですか。
最近は、解離性同一性障害という云い方を
されます。 多重人格障害というのは、よく考え
てみると、観音さまの延長上ではありませんか。
幾つもの人格、幾つもの顔を持っているので
すから。
多重人格障害の話をしますと、まず主人格が
います。 主人格がいますが、すごく辛いことが
あって、その「私」には耐えられないというときに、
代わりに耐えてく れる人格が出てきます。
二十七人格とか、三十二人格という人もいます
けれども、基本的な構造はだいたい同じです。
つらいことに「私」は耐えられないけれども、
死ぬわけにもいかない。 そこで、別な人格
が出てきて交代してくれます。
そして、同じ身体を使って別人格が耐えてくれ
るのです。 困ったことに、そのことを主人格は
記憶していません。
交代人格が出てきたときの記憶を、主人格は
持っていないのです。
ところが、交代人格のほうは主人格の行動や
考えていることまで、つぶさに観察しています。
私のところに電話をしてくる方で、そういう病気
の方がいらっしゃいます。 やさしそうな女性の
声で電話をかけてくるのです。
でも、途中からガラッと変わります。
そのとき出てくる交代人格は男性だと思います。
それからまた別な女性に代わって、もう一人に
代わった辺りで、私も大変なので「ちょっと客が
来たので」と言って切ったりするのですが、
その間だけでも、四つの人格が出てきている
わけです。
人格が変わったときに、とても不思議なことが
起こります。 たとえばその人の場合 は、主人
格は四十代後半なので老眼です。
ところが交代人格の中に、十五歳ぐらいの少年
が一人います。 その人格が出てきたときには、
老眼鏡がいらなくなるのです。
凄いと思いませんか?
他の人格が出てきたときは、もともと右利き
なのに、左利きになってしまうことさえあります。
主人格は右利きですが、同じ身体を別人格
は左利きに使うのです。
それから、交代人格の中には、主人格が学ん
だこともない外国語を話せる場合もあります。
外国語はともかく、老眼だけでもいいから
肖(あやか)りたいものです。
この同じ身体を使う人格が代わったら、老眼
がなくなるというのですから、医学上の謎です。
我々は、年をとって筋肉も硬くなっていると
いうことを、物理的な事実として認めたうえで、
眼科で治療します。 あるいは老眼鏡で補っ
たりします。
しかし、多重人格ではその必要がないのです。
人格が変われば、老眼が治るのですから。
人間には、こういう不思議な力が備わって
いるのですね。
※…『流れにまかせて生きる』
『多重人格というのは極端な例ですけども、
実は、すべてのことに通じているのではない
かと思うのです。
人格が入れ替わる器である体(からだ)は、
「体(たい)」という字を書きます。
人偏(にんべん)に本(もと)と書いて体(からだ)
です。 ところで、なぜ「からだ」と読むのでしょうか。
おそらく「空(から)」だからです。 体そのものが、
空っぽなのです。
体そのものは空っぽで、それを使う人格によっ
ていろいろなふうに使えるから、体なのです。
「空(から)」は、仏教でいうと「空(くう)」に通じます。
空(くう)というのは、そのもの自体に根元的な
性質はないという意味です。
だから、あなたの眼球そのものに、老眼がある
のではない。 眼球を使っている何かが問題な
のです。
眼球を使っている何かが、観音さまの姿のよう
に変化しているのです。
気の持ちようといった問題ではなく、体を使う
主体が変わるぐらいの大変化が観音さまの力
です。』
もし、人格が入れ替わったとき、老眼が治る
なら、他の多くの病気も治るということだ。
これは、「意識や言葉を変えたとき、がんや、
認知症、パーキンソン病等々をやめることが
できた」という梯谷幸司氏のクライアントの
実践例と同じだ。
人の意識や言葉にはとてつもない大きな
力がある。
体(からだ)は「空(から)」だ、という。 つまり、
体を使うのは魂。 …
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