貧者の一灯 ブログ

信じれば真実・疑えば妄想

貧者の一灯・妄想物語

















私には中学高校と仲の良かった友人がいました。


しばらくは疎遠だったのですが、社会人になって
から久しぶりに連絡が来ました。


「久しぶり~!元気にしてたかと思って!ねぇ今度
会わない?」


もちろん断る理由も無く、行くと即答です。


共に過ごした楽しい日々を思い返すと、社会人
になってからの苦しい日々がまるで嘘のように感
じられ、自ずと私のテンションも上がります。


それからは友人と会う日を糧に頑張りました。
当日、再会した友人は記憶と同じでほとんど変わ
っていませんでした。


私にとってはその「変わっていない」という事がと
ても嬉しく、なんだか自分を肯定されたような気
すらします。


友人との思い出話は大いに盛り上がり、あぁ来て
良かったと実感していました。


「ところでA(私の仮名です)さ、最近どうなの?なん
か疲れているように見えるけど…。


」 友人からそう切り出された時、心を見透かされて
いるようでドキッとしました。 確かに当時の私は、厳
しい世の中の現実に打ちのめされていました。


「じゃあさ、このお守りあげる!」


そう言って友人は、私に数珠をくれました。 数珠
は特殊な物らしく、心身を守る力があるのだとか。
手土産までくれて、やはりこの友人は最高だなと
改めて私は思い、また会う約束をしてその日は別
れました。


それからというもの、友人とは月2回ほどのペース
で会うようになりました。 友人は会う度に私の体を
気遣い、色々な物をくれます。


「この水は○○で取れたもので、食品に含まれる
添加物を無害化してくれる。」 「これは天然成分
のみで作られた化粧品だから、絶対に肌荒れし
ない。」


友人がくれる物はどれも体を思って生産された
もので、そこらでは売っていません。 値段も高い
し、説明も説得力があって、友人が本当に私の
事を思って良いアイテムを勧めてくれているんだ
なと感じます。


こうして友人と何度も会うようになったある日の
事でした。 「Aさ、お金欲しくない?ちょっと良い
話があるんだけど。今度、講演会があるんだけど
来る?」


私の仕事は薄給で、常に生活がひっ迫している
状況でした。 友人は何もしなくてもお金が手に入
る方法がある、そう言っています。そんな事を大切
な友人から言われて、やらない手はありません。


こうして信用している人からの思いがけない提案
に、私は見事に食いついてしまったのです。


「ねぇAさん、それってもしかして…○○の製品?」
職場の同僚から突然、声をかけられました。


「そうだけど…知ってるんですか?これすごく良い
ですよね!」


「まぁ良いと感じているなら良いけど…あまり深入り
しない方が良いよ。」


「それってどういう意味ですか?」
「知らないの?マルチだよ、マルチ。」


マルチ? 知らない単語に困惑するも、同僚は
それ以上教えてくれず、自分で調べるしかあり
ません。


そこでマルチと調べてみると「マルチ商法」という
キーワードが出現。 知れば知るほど、私は衝撃を
受けて目の前が真っ暗になります。


友人と講演会へ行く直前で気付いたのは幸い
でしたが、断れずにそのまま参加する事となって
しまいました。


講演会当日。 妙にテンションが高い友人と共に
会場へ入ると、異様な熱気が広がっていました。


先生と呼ばれる方が壇上へ上がると、一斉に上が
る賞賛の嵐。 ようやく収まったかと思うと、饒舌に
話が進んでいきます。


この世の中はいかに悪や危険に満ちているか。
そこから身を守るにはどうすればよいか。


最初はお金がかかりますが、後は逆にあなたへ
お金が入ります! ここに居る人は安心です!
守られています! と。


ギャラリー達の反応も、まるで深夜の通販番組を
見ているかのようなオーバー加減。 隣に居る友人
も、興奮気味に相槌を打っています。


しかし私には、講演の内容は根拠も無い、いわゆ
るデタラメにしか聞こえませんでした。


「やっぱり為になるね!今日は何か頭が良くなった
気がするね!Aはどうだった?」


「うん…なんか凄かったね。」


あぁ友人はすっかり染まって信じ切っているのだな、
と感じつつ、何とか救いたいなという気持ちになり
ました。 そこで止めればよかったのでしょうが、私
は説得を試みたのです。


しかし心底信じ切っている友人との議論は平行線
のまま。どうにも救えそうにありません。


「騙されてなんかいない。Aからそんな事言われる
なんて思わなかった。もう絶交だね。」 「…。」
「信じる者は救われる、そういう言葉あるでしょう?
Aは信じられないの?」


「…うん、無理だわ。」


別れ際、私は友人に尋ねました。 「ねぇ、何で私
を誘ったの?」


「私はAも助けてあげたかっただけなのに…。」
それは友人から聞いた最後の言葉でした。


友人とは音信不通となり、その後の事は分かりま
せん。 ですが後に聞いた話では、友人は不幸が
重なって大変な目に遭った頃にその団体へ加わり、
のめり込んでいったそうです。


私は今でも、あの変わらない友人の笑顔が忘れ
られません。…


……












彼女の家は昔、彼女の兄貴が高校生という若さで
自殺してから、 両親も彼女もうつ病になってひどい
状態だったらしい。


そんなときに引き取ってきた犬だったそうだ。


ところがペットセラピーっていうのかな、犬と接し
ているうちにみんなだんだんよくなっていって、
また家族で笑いあえるようになった。


彼女も両親も犬のおかげだって、それはそれは
犬を可愛がってた。 家族旅行へ行くにも連れて
ってやって、ほんとに家族みたいだった。


彼女は犬の散歩の時間になると、デートの途中
でも家に帰ってた。 何の変哲もない雑種だった
のに 「あの子はうちにとっては特別な子なの」っ
ていつも言ってた。


その犬がもういい年だったから、最近は弱ってた。
病院に連れてっても、 もう駄目だって言われた
から連れて帰ってきたらしい。


うちで最後を迎えさせてやるんだって。


それでとうとう昨日の朝から呼吸が途切れがち
になったらしくて、 彼女は仕事を休んでずっと
犬につきっきりだった。


俺は犬なんて別に好きじゃないし、どうでもよか
ったけど、 彼女が心配だったから仕事が終わっ
てから寄ったんだ。


もう暗くなってたけど、月がでて明るかった。


彼女は庭の、犬小屋のそばの金柑の木の下で、
毛布を敷いて座って犬を抱いてた。


そこは、木陰で涼しくて犬がいつも寝てたお気に
入りの場所だった。


もう動けなくなってて、彼女がスプーンで水を飲ま
せてやろうとしても飲めなかった。 そうしているうち
にだんだん上下してた腹が動かなくなってきた。


彼女はぼろぼろ涙を流しながら犬を撫でてた。
彼女の両親も涙目になってそばに立ってた。


それでついに呼吸が止まった。 腹も動かなく
なった。 そしたら彼女がすんげえ泣いた。


もう泣くって言うか、悲鳴みたいなのをあげながら
嗚咽する。 二十歳超えた大人とは思えない泣き
方だった。


すげえびっくりしてしばらく呆然としたんだけど、
犬ごと彼女を抱きしめてやった。


それでも彼女は泣き止まなくて、 庭先であんまり
わあわあ大声で泣いてるから、 隣の家の人が出
てきたり、自転車の高校生が立ち止まったりしてた。


近所への迷惑で俺はドギマギしたが、 周囲の人
たちの反応は意外なものだった…


それでも誰も、何あれーとか野次馬的なこと言わ
ないんだよね。 みんな状況を見たら、黙って手を
合わせて行くんだよ。


手押し車引いたばあさんなんか、わざわざ庭まで
入ってき、彼女に 「こんな明るいお月さんの下で
死ねたんやでな、迷わんときれいなとこに行けたに」
とか言って慰めてくれるし。


俺は何が月だ、関係ねーだろ、とか思いながらも、
気づいたら俺も泣いていた。


俺が来るたび吠えまくってたあの馬鹿犬なんか
ちっとも好きじゃなかったのに、 犬を埋めるため
に金柑の下に穴を掘ってやった。


俺は動物飼ったことなかった。 だから犬の扱い
方も知らなかった。撫でてやることすらしなかった。


初めて撫でてやったのは、もう吠えなくなった
硬い体だった。 でも毛はまだふかふかしてた。


彼女が将来俺と結婚してから、 犬が飼いたいって
言い出したら飼ってもいいなと思った。…


…(終わり)






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