貧者の一灯 ブログ

信じれば真実・疑えば妄想

貧者の一灯・漢の韓信シリーズ

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第二章:呉の興隆  楚王逃亡

「そう思うのは、当事者のお前だけだよ。もう
ひとりの当事者である私でさえ、それが正しい
とは思わない。

……もう下がれ」 言いつけて弟を下がらせた
鄖公は、奮揚に向けて話しかけた。

「お見苦しいところを……申し訳なかった。弟に
はあのように言ったものの、わしは気がかりで
ならぬ。

あれは、自分の感情を抑えきれぬところが、いつ
もあって……。激情に駆られた弟が、抑えきれず
に行動に及ぶかもしれぬ。

わしも同行するゆえ、随ずいに向かおう」 こう
いう経緯で、奮揚率いる一行は、鄖から随に
向かうことになった。

川をさかのぼる形で、彼らは西北に向かった。  
しかしそのことが呉軍の知ることとなった。

あるいは、鄖の国内に呉の間諜が忍んでいた
のかもしれない。

随城は、まもなく呉軍に包囲された。  

呉の将軍は言う。 「周王室の子孫を、楚は
残らず殺し尽くした。その恨みを晴らせ」  

呉はもともと周王室の分家を始祖としており、
そのため姓は姫き姓である。これと同じく随も
周王室から分かれた家系であり、同じく姫姓
を持っていた。

そのため羋びという異姓の楚を共に討とう、と
いう意味である。

弱小従属国として楚に追随してきた随の人々は、
この言葉に影響された。彼らは王軫を殺すべく、
その行方を突き止めようとし、捜索者が城内を
闊歩するようになった。  

奮揚の一行は進退極まった。  

断続的な逃避行に育ちのよい嬴喜は疲れを隠
せず、育ち盛りの年ごろであった王軫の体にも、
痩せの傾向が窺える。

奮揚は効果的な決断を下せずにいた。 「とにか
くこのあたりで休息できるところを探さないと。もう
体がもちません」  

紅花は、焦燥した表情で奮揚に訴えかける。

「それに……揚さまも。とてもお疲れでしょう」
「私は大丈夫だ……たとえ疲れていても、君が
そばにいてさえくれたら、癒されることは間違
いない。大丈夫だ」  

奮揚がそう言うと、紅花は頬を赤らめた。

緊張の中にほんの僅かに和んだ時間が訪れた
一瞬であった。

「私が行こう」  そのとき前に出たのが、王軫の
異母兄のひとりで、もっとも年が軫と近い子期
であった。

「私が王の身代わりとなって、随公の前に参上する。
その隙に皆はここを脱出し、鄭国にでも逃れるが
良かろう。

……奮揚、止めるな。方法はこれしかない」  

そう言うと、子期は場を離れ、一目散に駆け出し
ていった。奮揚には、それを止める暇もなかった。


第二章:呉の興隆 ※ 死者を鞭打つ

子期が身代わりとなってくれたことで、一行には
若干の時間的余裕ができた。しかし、王である
軫はこのとき激しく自己に対する怒りをあらわし、
周囲を驚かせた。

「この私などのために、子期が犠牲になることな
ど耐えられぬ! 

奮揚、後を追って連れ戻してくるのだ!」  

言われた奮揚は、その言葉は素晴らしいと感
じた。軫は人としての正常な感覚を持っており、
王権というものに自分を見失っていない。

まだ若いが、好男子といえる人物だと思ったの
である。 しかし、その命令を実行することは、いま
この場ではできない。

「子期さまのご意志を無駄になさってはいけません。
それに必ずしも子期さまが討たれると決まったわけ
でもありません。

もし、あのお方が無事にご帰還なさったときは、
王さまはできうる限り、感謝の気持ちを形になされ
ばよいのです」

「もし彼が死んだときは?」

「壮大な墓標をお作りになり、毎日供え物を絶や
さないようにすれば、それでよいのです」

「……私は、人によって生かされるばかりの存在
だな。王というものは、自立した生き方もできない
ものだ」  

それを聞いた母親の嬴喜の目に涙が浮かんだ。
紅花がその背中に手を添えると、嬴喜は彼女に
抱きつき、嗚咽を漏らした。

「他人の善意に触れ、その力を借りるということは、
人が生きていく上で大事なことです。

それは市井の人々だけではなく、王さまにも言え
ることです」  

それはかつて、奮揚が紅花の口から聞いた言葉
の繰り返しであった。   …












入院生活6日目。

入院は一週間から二週間と最初に言われていたが、
どうも一週間では無理そうだなとは察していた。

この頃になると、毎朝の手足のむくみもなくなって、
身体はだいぶ楽になっていた。

主治医に呼ばれ、同じフロアの別室で説明を受ける。
初めて車椅子ではなく、自分の足で歩いて病室を
出たが、ふらつきはなかった。

歩いたのは15メートルほどの距離だが、病室内
のトイレまでぐらいしか徒歩移動してなかったので、
不思議な感覚だ。

検査結果や心臓の映像を見せられ、「だいぶ
心臓が動くようになりました。ただ、まだ動きが
鈍いんです。

これは心臓カテーテル検査をやったほうがいい」
と言われた。 心臓カテーテル検査については、
前にも話が出て、とっととすればええやんと思って
はいた。

しかし血管に管を入れるという検査で、リスクもある
のだと説明があり、そのために家族にも連絡します
と言われた。

そうか、まんがいちのことがあるから、家族にも事前
に承諾をとるのか。 大ごとやん……。 と、改めて
自分が大変なことになっているのを自覚する。

ただ、「心臓カテーテル検査で、何もなければ、
退院できます」と言われ、やっと希望が見えた気
がしてホッとした。

退院!その言葉だけでテンションがあがるが、あく
まで「何もなければ」だ。 相変わらずのAさんBさん
病室に戻ると、相変わらず、同室のAさんとBさんが、
喋りまくっている。

そしてAさんの夫が「何もしない、お荷物。だから
家に帰られない」と愚痴も続いている。

おそらくうちの両親と同世代であろう人たちの話を
聞いていると、嫌でも自分の両親のことを考えざる
をえない。

もしも母が、父が、どちらかが長期入院して、どちら
かが取り残されたら、どうなるのか。

AさんやBさんの会話を聞いて、「娘に負担かかり
すぎ」と思うが、結局、赤の他人の手を借りたくな
いのだろう。

おそらくうちの両親もそうだ。 考えただけでも気が
滅入る。

すべての人間は、一度でもいいから、何年か
ひとり暮らしを経験して、「自分のことは自分
でする」ようになったほうがいいと一瞬考えたが、
ひとり暮らし経験したって身の回りの世話ができ
ない人なんて、たくさんいるのも思い出した。

私だとて、結婚前、ひとり暮らししていたときのほう
が、食生活もいい加減だったし、部屋はぐちゃぐ
ちゃだった。

私、一生ここから出られないんじゃないか それ
にしても、頭が痒い。 入院してから、まだ髪の毛
を洗っておらず、自分の頭を触るのも嫌になっ
ていて、髪の毛はゴワゴワだ。

夫に「水のいらないシャンプー」を頼んで持って
きてもらうべきだったと後悔する。

ご飯は美味しい、iPadのおかげで読書もできて
入院生活にも慣れてきたが、シャンプーができ
ないことが不満だった。

世の中には、風呂嫌いで、一週間に一度ぐらい
しか入らない、髪の毛だってそんな頻度でしか
洗わないという人がいるらしいが、私は耐えら
れない。

とにかく毎日風呂に入って髪の毛を洗いたい。
シャワーを浴びるのも心臓に負担がかかるから、
すぐには入れないのだと言われていたが、その
ためにも元気になりたい。

けれど、毎朝毎晩計る血圧の数値が、たまに
高く出るので、げんなりしていた。 私は一生、
ここから出られないんじゃないかと、落ち込む。

とにかく早く元気になり、風呂に入り、退院したい。

頭の中は元気だし、自覚症状のある不調はない
から、なおさらそう思っていた。

自分ではどうにもならないことなのだ。それがもど
かしかった。 けれどICUにいたときよりも、看護師
さんが様子を見に来る回数が減っている。

つまりは回復に向かっているのは間違いないの
だろう。 だから黙って従って、「待つ」しかできない。

すみません、やっぱり覚えてません

あと、今回、自覚したのだが、私はやっぱり人の
顔と名前を覚えられない。 以前から、パーティ等、
人の集まる場所に行くと、「お久しぶりです」と挨拶
をされ、「えーっと、誰だっけ? 全く覚えてないん
だけど」と内心困ることが、しょっちゅうあった。

SNSで、「一度お会いした〇〇です!」とメッセージ
が来ても、「誰? 知らん?」ということも、よくある。

毎日、複数の看護師さんが来て数値を記録したり
してくれる。水分の量を管理されていたので、飲み
物が欲しいときも看護師さんに頼んで持ってきて
もらわないといけない。

そして夕方になると、夜勤の看護師さんが「担当
変わります」と挨拶に来てくれる。 看護師さんの
顔と名前を、全く覚えられなかった。

とりあえず主治医の先生だけは把握していたけ
ど、他の人は記憶できない。 マスクで顔の半分
が隠れているのも大きいだろう。

「若い女の人が多かった」という印象しかない。
もちろん男性の看護師さんもいたが、やはり
把握していない。

以前、看護師さんが、退院した元患者にストー
カーされたという怖い話を聞いたことあるのだが、
マスクで顔を半分隠すというのは、そういった歪
んだ恋愛感情を生み出さないようにする対策に
なるかもともふと考えた。

「個人」の気配がマスクで薄まるのは、悪いこと
ばかりではないんじゃないか。

入院中、看護師さんたちには、本当にお世話に
なって感謝しているが、すいません、やっぱり
誰一人、顔も名前も覚えてません。……







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