貧者の一灯 ブログ

信じれば真実・疑えば妄想

貧者の一灯・漢の韓信シリーズ

















第二章:呉の興隆 忠節の臣



※…三日目。


雨が降った。しかし包胥はずぶ濡れになりながらも、
訴えをやめない。


「私の身が滅びようとも、楚に住む人々の命を
救いたい。この思いをどうにかして秦公にお伝え
したいのです。どうか、会ってください。


そのひきかえに私は斬り捨てられても構いません。
ただ、その前にどうかお話だけでもさせてください」


秦公の側近は尋ねた。 「このままでよいのですか」  
だが、秦公は庭先の包胥の姿を見ようとしなかった。


「知るものか」  


夜になった。松明の火はまたも早々に消されたが、
暗闇の中、気付くと包胥の膝元には一皿の食事
が置かれていた。側近の中の誰かが見かねて置
いてくれたのである。


※…包胥の訴えは四日目も続いた。


「秦公のご意志は、楚国の滅亡なのでありましょうか。
かの地には、無辜むこの民衆がおります上に、
あなた様にとって血を分けた姉君さえもおられ
ますというのに。


無道を重ねた国だからといって、その国に住む
人々の危機を見過ごしたとあっては、あなた様
ご自身の行為が無道の極みとなりましょう。


多くの者を救い、天下に平和をもたらすこと
こそが、覇者への近道です。


しかしいま、多くの者が苦しみ、天下に戦乱が
もたらされようとしています。これを見過ごす
ことは、あなた様ご自身の覇者への道が閉ざ
されてしまいます」  


秦公はため息をついた。


「今度はこのわしのことを槍玉に挙げおったか」  
側近たちは、秦公が怒っているものと思った。


「どういたしましょう」
「いや、まだそのままにしておけ。
この先が見たい」  


※…夜になった。


盆地の中にある秦の宮殿は、昼夜の寒暖差が
激しい。前日の雨と相まって、包胥の体力は
すでに限界にあった。


彼は、その場に突っ伏したまま、気絶してし
まった。 にもかかわらず、無情にも松明の火
は早々に消された。  


※…五日目。


包胥は夜明け前に目を覚ました。日の出と同時
に彼は口を開き、すでに掠かすれ始めた声で
訴えを続けた。


「過去に人道にもとる行為をした君主が、長く
その地位を保った例はございません。


人というものは単に支配されるばかりでなく、
そのような主君の行為を逐一見ているもの
なのです。


しかし賢明な秦公は、未だそのような行為に
及んでおりませぬ。ゆえに、このたびの一件は、
あなた様が君主としての地位を永らえるか、
そうでないかの分かれ道となります。


どうか正しい選択をなさり、とこしえに名君として
の地位をお保ちなさいますよう、
お願い申し上げます」


「よく言葉が続くものだ。この先どこまで続くか……」  
秦公は、この日になって初めて臣下に指示を与えた。


包胥に温かい食事を与えたのである。  


しかしその日も、夜になったら松明は消され、
包胥には寝床も与えられなかった。  


※…六日目となった。


食事を与えられたとはいうものの、包胥の頬は
肉がそげ落ちたように痩け、伸び始めた無精髭
と相まって、見るも悲惨な姿と成り果てていた。


しかし彼は声を出すことをやめない。 「私の運命
がここでこうして死に至るものであれば、それを
受け入れましょう。


しかし私は、最後まで自分のやるべきことをやり
遂げてみせます。あなた様の心を動かし、それに
よって天下を救うというこの大役を、私はどうして
も果たさねばならぬのだ。


秦公、どうか楚の人々をお救いください。
そしてあなた様の姉君を、お救いください。


あの方は……ああ、あの方は、私がこの世で
もっとも大事だと思っているお方なのです!」  
包胥の痩せこけた頬に、目から溢れ出た涙が
伝った。


秦公はその様子に目を見はった。
「いま、あの者はなんと申した?」  
秦公は周囲の者に問うた。


「公の姉君の喜さまのことを個人的に大事な
方だと……そのように申したのだと思います」  
近侍の者の返答が、これであった。


秦公は考えざるを得ない。 「ふうむ……」  


七日目。ついに包胥は朝日が昇っても起き
上がることができなくなった。


「奴は、生きているのか。確かめて参れ」  
指示を受けた臣下の者が倒れている包胥に
駆け寄り、その身を棒でつついたところ、
かすかだが反応があった。


包胥は僅かに首を動かし、呻うめき声を発した
のである。 「今日は、叫ばないのか」  


臣下がおそるおそる尋ねたところ、包胥は目を
閉じながらも起き上がり、かすれた声を発した。


「これが最後になるかもしれません……ですが、
最期の日まで訴えることをやめないと誓った
自分に対しても、嘘をつくことは許されません。


私は信じています。……あなた様が楚の人々
をお救いになることを……」  


そう言い終えたあと、包胥は気絶した。


「生きているか」  秦公は宮殿の窓から叫び
聞き、臣下が身振りで包胥がまだ生きている
旨を伝えた。


「ならばよいが……不思議なものだ。最初の
うちはうるさいだけだと思っていたが、いまで
はあの者の叫び声が聞こえないとなんだか
寂しく感じる。


可笑しいかな?」  


秦公の周囲の者たちは、その言葉を聞き、
主君の意が楚を救う方に傾いていることを
知った。


「楚という国は、あの者自身が言う通り、
無道であった。


しかしかような忠節の士がいようとは……。
国を絶やさぬようにしてやらねばなるまい。
あの者が目を覚ましたらわしに伝えよ」  
秦公はそう言い残し、席を立った。


「どちらへ……?」  
臣下の問いに、彼は答えた。


「供出できる軍備の確認をする。いや、
供は要らぬ」


※…
夜半になって、包胥はようやく目を覚ました。
しかし、目覚めた彼の目に真っ先に飛び込ん
できたものは、夜空ではなく室内の明かり
であった。


「目が覚めたか」  やがてその場に現れた
秦公は、包胥をいたわるような目とともに声
をかけた。


そして楚を救援し、人々を救う旨の約束をすると、
その誓いを詩うたにして示した。


王于興師、脩我矛戟、與子偕作。(王ここに
軍を起こせば、我が矛や戟を収め、子と共
に成さん)


豈曰無衣、與子同裳。(どうして衣がないと
言いながら、子と裳を同じくできようか)


王于興師、脩我甲兵、與子偕行。
(王ここに軍を起こせば、我が甲兵を収め、
子とともに行かん)  


これは、秦に伝わる民謡の一部であった。


伝統的に精悍な生活様式を持つ秦の人々が、
勇を好み、自らの生死を軽んじる姿が表されて
いる詩である。


随所にある「子」という字は「義」に置き換えても
よい。つまり、義のためになら自分はすべてを
供し、そのために戦うという意を表した詩なのである。  


包胥はその秦公の意を読み取った。


「願いが叶った。秦公さまは、我々を助けて
くださるのですか」


「戦車五百乗とそれを操る分の兵数を供出
しよう」  包胥はひれ伏して感謝の意を示した。  


これがその年の五月の末のことである。 …













※…、身内の死について


入院中、村井理子さんの『兄の終い』を、再読
した。この本は、以前読んではいたけれど、
病院のベッドの上で、電子で改めて買い
なおした。


『兄の終い』は、琵琶湖のほとりに家族と暮らす
村井さんに、ある夜、知らない番号から電話
がかかってくるところからはじまる。


東北の都市からの電話で、彼女の兄の死を
告げる連絡だった。 すでに両親は亡くなって、
兄は離婚をして小学生の子どもとふたりで
暮らしていた。


50代の兄の遺体を発見したのは、その息子
だった。 大人の身内は、村井さんしかおらず、
兄の死の始末をしなければならない。


この本は、「突然死」した兄の遺体を引き取り
火葬し住んでいたアパートの片づけをして…
…という、考えただけでも大変な数日間を記
したものだ。


兄の始末 また、この兄が、なかなか厄介だ。
仕事が続かず、二度離婚をし、糖尿病、高血圧、
心臓の病を患って、行政の世話にもなっていた。


母に懇願され村井さんがアパートの保証人に
なってはいたけれど、家賃を滞納し、つまりは
村井さんは迷惑をかけられまくった兄の後始末
をしないといけなくなったのだ。


たったひとりの、大人の親族だから。 火葬して、
家を片付け荷物や家具を処分してと、お金だ
ってかかる。


入院中に読み直して、これも「他人事じゃない
……」と震えてしまった。


村井さんではなく、兄の側に私は近いと思っ
たのだ。 若かった頃はどうにでもなれと思っ
ていた 今


回、心不全で倒れたが、原因はおそらく血圧が
高いままの状態を放置していたからではないか、
退院後は塩分を控え食事に気をつけ運動する
ようにとも言われた。


私は立派な成人病患者だ。 心不全は5年後の
生存率が癌より低いと聞いて不安になったが、
結局のところ、薬を飲まなくなったり、通院をやめ
たり、食生活をはじめとした生活全般の改善を
しなかったりする人が、悪化させてしまうのだとも
聞いた。


そういう人が、結構多いのだと。 それこそまさに
「セルフネグレスト」だ。


確かに、周りを見渡して、心不全に限らずの病気、
たとえば脳や、アルコール依存症で倒れても、
「病院なんて嫌いだ。医者のいうことなんて聞き
たくない」と、治療を放棄している人の話を、とき
どき聞く。


血圧が高く倒れて医者に行って、降圧剤を処方
されたけれど、「こんなの飲んでいるのは、年寄
りになったみたいで嫌だ」と抵抗を示す人の話も
聞いた。


ちなみにその人は私より年齢が上だ。 もう二度
と入院なんてしたくないし、死にたくない私は、
医者の言うことをきちんと守って薬を飲んで
通院もしているので、そういう「治療を放棄」し
ている人たちの気持ちは、わからない。


もしかしたら、自分が病気であるという現実が
怖いのだろうか、とも思う。 でも、私だとて、いつ
何かが起こって、「もうどうなってもいい」と医者
に行くのをやめるかもしれない。


実際に、若い頃は、今よりもっともっといい加減
に生きていた。 借金を抱えて、男にはぞんざい
に扱われ暴力的な言動を浴びさせられ、


「死にたい」と思わない日は無かった。


健康保険料も払えなかったので、保険証もなく、
具合が悪くなっても我慢するしかなかった。


もしもあの頃、今と同じように患ってしまったら、
私はたとえ一度病院に運ばれても、「保険証
持ってないし、薬代払えないし」と、通院もしない
可能性が高い。


そしてそのまま悪化して、アパートで死んでいた
だろう。 若かったから、「病院に行かない」生活
でも、なんとかなったのだけれど、危ないところだ
ったとは思う。


そうして残された家族に「どうしようもないヤツだ
ったな」と後片付けをさせて迷惑をかけるのが、
目に見えている。


※…死は圧倒的な現実


人が死ぬことは、ファンタジーではなく、現実だ。
遺体をどうする、葬式をどうする、残された部屋
をどうするという、現実がついてまわる。


村井さんの『兄の終い』をあらためて読んで、
現実を生きなければと思った。


私自身の死もだが、周りの人間の、死の現実も。
自分が年をとったから当たり前だけど、家族
以外の友人でも、「自分が死んだら」という話を
する人が、このところ増えていた。


周りには独り者も、多い。 家族や親戚ではない
けれど、つながりのある人が亡くなってからの
後始末に自分が関わることは、これから先、
必ずあるだろう。


『兄の終い』にも、亡くなった兄の先妻が登場する。


兄の息子の実の母ではあるが、離婚したから
兄とは他人のはずだが、村井さんと一緒にかつ
ての夫の後始末に奮闘する姿が描かれる。


人のつながりは、浅いようで深く、簡単には絶ち
切れない。 どこかで自分は誰かに迷惑をかける
かもしれないけれど、自分も誰かの迷惑を引き
受けてしまうだろう。


どんなに自分はひとりでのつもりでいても、他人
と関わらずに人は生きることができない。


死ぬときは、なおさらだ。 人はひとりでは、
死ねない。…








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